2018年4月20日金曜日

波乱の研修状況

今年は新入社員研修が、波乱含みだ。

あと少し残すのみなのだが、日程がコロコロ移動するし、直前に無くなったと連絡が来て無茶苦茶だと驚いていたら、しばらくして復活の連絡がきた。でも当然ながら、仕事がなくなってそのままほっといたわけではないので、当然のことですがそこには仕事の予定が入っている。

だから、ハイそうですか!ありがとうとも言えず・・・再調整ということでしばらく待ってもらうことに・・・それが今日の仕事なの(^^ゞ

まあ、これだけバタバタしていると信用失うよ!と元受けエージェントに言いたいよね。まあ、エージェントも企業に翻弄されているのかも判りませんが、今年はなんかおかしいのです。

もしかすると、エージェントとは手を切れという神のお告げなのか・・・

自立せよという話なのかな?と感じているところ。
ありがたいとも言え、少し考えたい。

2018年4月19日木曜日

後悔は貴重な財産

誰にもある後悔という気持ち。

特にそこそこの歳になると、悔やんで悔やんでという気持ちのこもった後悔した経験があると思います。これは、決して消えない記憶なのです。消そうと思うと死を選ぶしかありません。それぐらいの後悔なのです。

私にもあります。

消えません。全く消えない記憶です。何かの拍子で思い出され、何回も何回も繰り返されるものです。

この後悔した記憶は、取り返しがつかないものであると思います。謝っても元には戻らず、やり直しも効かないもので、その時点で現実が止まってしまったかのような出来事のはず。

苦しいですよね。

でもこの後悔の念って大切なものです。それはエネルギーの塊だから!死ぬまで記憶が消えない出来事だからこその、強い思いがこもっているものだから、それ自体がエネルギーなのです。

そのエネルギーをどのように使うか・・・
そこに人の価値が隠れているように思います。
その貴重な財産をどのように使えるのか?
一緒に考えることが出来れば嬉しいです。

2018年4月18日水曜日

面白い研修・面白くない研修

今日は、研修講師目線で書いております。

研修を担当する側の意見ですね。
研修には、講師・生徒・事務局という三者が存在します。そして、その三者それぞれに、研修に関して思うところがあるのです。

講師はやりがいのある満足できる研修がしたいし、生徒は必要な知識を判りやすくそして深く学びたいし、事務局は必要と考えている目標達成を成し遂げる事を必要としている。

それぞれに、一つの研修を通して、終了後の理想型を描いて望んでいるのです。そして三方丸く収まれば一番良いのですが、中々そうも行かないのが現実なのです。

色々な条件が組合わさって決まるので、一概に駄目とは言いませんが、次のような条件が揃うと、来年はやりたくない!と感じる研修になってしまいます。

・誰もが知っている大企業
・直受けではなく、エージェントが間に入っている。
・話すことが決まっている。(決められたこと以外話せない)
・伝える量は多く、時間は短い。
・講師料が安い。

こんなところだろうか?
近い将来この種類の研修は、AIに取って代わられそうな雰囲気が漂う内容です。

面白くないと思いながらも依頼を受けて担当するのですが、その理由は依頼してくる人との関係性です。まあ、この人から頼まれればしょうがないな!と思うところなのですが、やっぱり担当すると面白くない。講師として何でここに立っているのか意味不明なんですね。

まあ、大企業だけに実績としては良いのですが・・・

と愚痴ってもしょうがないわけで、今年は直受けの面白い研修を増やしたいと、活動しております。新入社員研修の時期が終われば、いよいよ積極的に動きます。でも、やっぱり頼まれれば今後も受けると思いますけどね。繋がりをむげにできない私なので・・・

2018年4月17日火曜日

日本人はなぜ一挙に動くのか?


日本人って、急に動きが変わる民族だと思いませんか?

色々な場面を観てきて、疑問に思っていました。一見バラバラに動いている様に見えるのですが、なにかのシグナルに反応して一気に全てが変化していく。多分、過去の戦争もそんな雰囲気の中で拡大していったのでしょうね。

なんでこんな事を書いているかというと、凄く単純な疑問からです。それは、トイレに貼ってある言葉です。

「綺麗に使っていただきありがとうございます」

この言葉です。
これも一気に変化したものの一つですよね。
以前は、「1歩前へ」というのが多かったのでは?それが、ありがとうございますに変わった。。。ある時を境に・・・

で、効果は有ったのかな?と思うのが一つです。トイレは汚されることなく綺麗なままでしょうか?

そしてもう一つは、この一気に変化する国民性は怖いと思うのです。ホンマに怖い!その怖さは、間違った方向に進んでしまったときの怖さと、一気に変化し同一化してしまうことに起因する、コントロール容易性についての怖さです。

これは長所でもあり短所でもあるのでしょう。日本人の怖さをつくづく感じるところです。

2018年4月16日月曜日

FIAT500の世界 199 ~ 息の長さ ~

FIAT500って寿命が長いですよね。

今の原型は、2008年に販売が開始されたモデルです。つまり10年経過しているわけです。細かい改良は加えられていますが、根本のスタイルが同じなため一見すると同じ車に見えるという効果がもたらされていますね。

だから古さを感じないところが良いですね。

コロコロ変わる国産車にはいい加減うんざりなのですが、それはそれで利点もあるので否定も出来ません。でも見た目は必要以上に変えて欲しくないのが私の希望です。

車って10年又は10万キロは愛用するものと思っているので!

我チンクは4年経過しようとしていますが、元気一杯です。大きな故障もなく手間もかかりません。アイドリングのちょっとした不安定さが有りますが、エンジンが止まることもなくブルッと震えるぐらいの現象で終わっています。

女性にとってチンクは可愛い車でしょうが、私にとっては何でもこなす俊足移動具なんです。良き名前が思い浮かびませんが、ドラえもんみたいな車なんですね。愛すべき道具なのです。